このブログで取り上げたいのが公園です。
日吉ブログですから、「日吉公園」を取り上げないわけにはいきません!
地図へのリンクはこちらから!
山の上(井田の台地)から下まで(矢上川沿い)の高低差がある
日吉公園はへは2つの方向から行けます。
一つは、井田病院のある丘陵地帯までのぼってから行く方法です。この辺りは井田山と呼ばれるようです。もう一つは、矢上川沿いから入ります。上から行った場合の写真を載せてみます。
日吉井田坂を上ります。坂を上り切った突き当りのT字路で左を見ると井田病院がありますが、左ではなく右に向かいます。
ちなみにですが、井田病院の方への上る坂は他にもあります。が、試行錯誤した体験談ですが(電動アシスト自転車を使用)、上までのぼれそうな坂を進んだつもりが、住宅地で行き止まりということが多々あります。素直に、比較的道が広く、比較的他の坂よりは緩やかな「日吉井田坂」をのぼるのが無難で、時間短縮につながります。
T字路を右折しても、住宅地がだいぶ続くので、先に公園があるようにはとても思えません。
住宅地をすすむと、このような道に出ます。公園は一向に見えませんね。右側をすすみます。
さらに、分岐点が。狭い・・・。右に曲がります。といいますか、両方の道の間の木々の向こうが「日吉公園」です。初めて行く、あるいは夜に行く方は不安に思いますよね。
多くの人口を抱える、川崎市中原区・横浜市港北区辺りに見えません・・・でも、私はそんな風景が好きです。
遊具は山の上側(台地)
ブランコや広場、そして滑り台があります。向こうの白い建物はトイレです。公園内にトイレがあるということは、全体としてなかなかの広さだということになります。
滑り台やうんていもあります。
広場から下りていくと、武蔵小杉の風景が少し見えます
この風景が現実です。
個人ブログなのでと言い訳して、そのまま感想を書きます。間違っているかどうかは、ご自身の目でお確かめください・・・。
武蔵小杉のビル群全体を見ようとする、ある一点が高層ビル群全体を眺める場所になります。
上の絵の構図の場所です。下の草が生えているところとの境目の少し高くなっている場所といいますか。うまく場所を選べば、こんな感じで見えるのですが、それでも生い茂っている樹木で見えませんよね。結構、望遠で撮影しています。
上の場所以外では、こんな感じで高層ビルが隠れます。
基本的に、武蔵小杉のビル群全体を見ることはできません。
印象としては昔は違ったイメージがあるんですよね。きっと、木が生い茂って今では隠れてしまったというのが実際のところかもしれません。
ゆえに、今は遠くに見える武蔵小杉の高層ビル群の風景を楽しむ、夜景を楽しむ公園という感じではありません。
高層ビル群全体ではなく、一部であれば今でも見えると思いますが。日吉近辺で夜景の見える公園としては、こちらの「井田伊勢台公園」がおススメです。
見晴らしが素敵な公園:井田伊勢台公園!(夜景の穴場スポット)
坂を下りきった後の風景(矢上川沿いから公園に入った時の風景)
右の階段と、左の道路の2つの方法で、上の広場側へ登ることができます。
ここまでの写真からも相当な緑(自然)があることが、お分かりいただけると思います。散歩するには、よい運動にもなります。
矢上上ノ町(やがみかみのまち)遺跡群の地域です
写真は取り忘れましたが、丘の上の広場には、「遺跡群」の説明文があります。そちらの説明を出典元として一部を抜粋します。
日吉公園と周辺地域では、縄文・弥生・古墳時代の遺跡が数多く存在していたそうです。縄文時代から人が住んでいたんですね。
「弥生時代後期から古墳時代前期につくられた竪穴式住居跡が6軒重なり合って発見され、およそ1800年前から1600年前の古代のムラが営まれていたことが明らかになりました。」と看板には記載されています。
「東側の台地上では、約1500年前の矢上古墳が慶応大学によって昭和11年に調査されています。径20mの円墳で、鏡・鉄鏃・竹櫛・玉類・埴輪片等が発見」されたそうです。
縄文時代・弥生時代の人々を思い出しつつ散策しましょう
非常に歴史のある場所にある公園、それが「日吉公園」。
伊達に、日吉にあるという名前そのままで「日吉公園」とついていませんね!
公園の上から、下までおりて、矢上川沿いを散策しつつ帰るのも(あるいは下から上へ)、よいかも知れませんね。